カテゴリ:老いをみつめて( 30 )

姑も94歳~

10月は、姑と夫の誕生日で、それも日にちも近いから、いつも一緒に誕生日を祝っている。
8日、娘にも声をかけて、ささやかだけど一足早い誕生会を開いた。

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ケーキを焼いて、回転鮨のお持ち買えりを頼んで取りに行って、鍋と牛肉のしぐれ煮を
作って~サラダを作って…と姑と夫が喜ぶものを揃えた。

買い物2回、お昼からケーキを焼いて、料理を用意して、といささかくたびれたけれど、
今年も誕生会が出来たことに満足感を覚えたもの。

4歳児がお寿司の「いくら」が好きで、お寿司を頼むというと「いくら、いくら」と騒ぐ。
一緒にテーブルに着いた曾ばーちゃんに「良かったね!」と声をかけている。

多分、姑にはひ孫の言葉が一番の嬉しいプレゼントだろうな~。

ケーキは、本当は苺を挟んだシフォンケーキを焼きたかったけれど、私には手に余る。
これは、スペイン風のパウンドケーキ「生クリームのビスコッチョ」で、切り分けて
から粉砂糖をかける。

去年の入・退院騒ぎの最後の病院で看護師さんに「眠剤の飲み方が悪いからだと思うので
看護師さんの方からきちんとした飲み方説明してもらえませんか?」と頼んだ。

それから、今年の夏の暑さに参った他は、同様の騒ぎは起こしていない。
そして、前より益々元気になって94歳になった。

やはり眠剤のせいで、長年具合が悪い騒動を起こしていたんでないのかな~?とこの頃の
姑の様子から推測している。

眠剤を飲んで、そのまま椅子に座っていて深夜1時~2時と起きていて、朦朧とした状態で
布団に入るので、朝起きたら具合が悪くなるのは当たり前と、私には思えるのだが~

兎に角頑固で、私達家族が何も言っても聞き入れないから、こちらの方が疲労困培して
しまっていた。

最近の姑を見ていると、何だか私達より長生きしそうです・・・・。

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by miqu_7cd | 2017-10-10 07:23 | 老いをみつめて

死と向かい合ったとき

亡くなった義父のすぐ下の妹が、2週間ほど前食べ物を詰まらせ意識不明になったまま
入院していた。

叔母は、まだ80代前半で、女性の平均寿命より若い。

叔母の同居している二男からの話では、お盆休みに帰って来る長男のため、なんとか
持たしてくれていたそうだが~、昨日もうダメだという知らせと供に・・・・
夫は遠方に住む親戚に連絡するのを頼まれた。

夫は若いころから世話になった叔母だから、最後に立ち会いたいと思ったのだろう、
昨日病院へ行ってみると出かけた。

夕方になって、「持ち直した~」と連絡が入った。

一瞬、よかった!と思ったが、「意識は戻ったの?」と聞いたら、同じ状態だ~と言う
返事だった。

詳しいことは帰ってから、と電話は切れた。


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叔母は、以前は元気溌剌で歩くことを良しとして、歩ける場所はバスを使わず、
よく歩いていた。

義母は、叔母を〇〇ちゃん、〇〇ちゃんと言っていつも誘って行動を共にする
ことが多かった。

それでも、義母は叔母と一時縁を切っていたことがある。

義母と叔母が仲たがいをいていても、私たちは叔母家族とと行き来していたので、
関係は自然と修復して、以前は義母は〇〇ちゃん、○○ちゃんと頼りにしていた。

ここ何年位だろう、叔母が見る影もなく痩せてきて、老いの兆しが強く表れたのは…。
そうなると、義母は電話が来ない、電話してもいない、とよく文句を言っていた。


帰って来た夫の話では、一旦心臓が停止したけれど、「どうしますか?」と医師の
問いに「自然の状態で亡くなるようお願いします」と叔父と息子が答えたそうだが…

医学的なことは、間違って書いたら問題なので省くが、血圧が上が50程度だったのが
120まで上がってきて、手をさすると「ふ~」と大きく胸が動いて呼吸するんだよ~
と夫。

いろんな器具は外されていたの?という私の問いに、夫は首を横に振る。

息子二人が泣いているんだよな~「延命治療しないでごめんね」と。

叔母さん、誰に対しても優しかったからな~と私は心の中で思った。
それに対して、私は義母が死んでも泣きはしないで、ホッとするだろうと思った。

私の両親や義父の死に際は、突然やってきて、こんな風に親の死と向き合う形はなかった。
だから、あまり考えることなく死と向き合い、葬儀への準備に追い込まれた。

義母は、この夏の暑さに体力も落ちて、意欲も失いがちのようで、もしかした認知症?
と思える言動があり、自宅で介護しなきゃならないのか?と不安を覚えていた矢先~
加えて義妹の入院ショックで落ち込むかと思っていたが、見事に回復した。

この逞しさに、ただただ気がめいる。

長生きするんだったら、マイナス要因ばかり探して口にしないで、きんさん・ぎんさんの
93歳の娘さんのようにケラケラ笑って幸せそうな顔を嘘でもしてくれたら~
私たちは救われるのにな~と思ってしまう。



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by miqu_7cd | 2017-08-16 05:16 | 老いをみつめて

文字入力ができない~?

土曜日、パソコンを開いて、ブログのコメントに返事を書こうと思ったら、文字が入力できない!
もしかして新種のウイルス~?と一瞬思ったが、exciteさんの都合かな?と電源を切った。

この日、何度も試みるが、パソコンのどこも文字入力ができない事に気がついた。

クリックの仕方が悪くて、どこかブロックされたのかな~?と考えるが、調べようにも文字入力が
出来ないので質問も出来ない。

この頃からパニック状態になってきました。(笑)


近所のパソコンに詳しい助っ人に泣きつこうか~?と頭の隅で思いながらも、自分で解決できる
事は自分でしようとする頑固な性分が災いして・・・・どうしてかな?といろいろ考えてみた。

その日、夕方もう一度パソコンをつけてみたけれど、同じなので諦めた。

そして、今朝、やはり文字入力が出来ないので、先ずつかえた前日に戻そうと、システムの復元を
してみた。全然変わりない。

パソコンについてるコードすべて抜き、電気のコードも抜いて、しばらく置いてみた。(放電)
全然変わりない。

ふと、キーボードの裏を見たら、電池を入れる所があるのに気がついた。
あ、電池かな~?と思い、電池を入れ替えた!


ヽ(^o^)丿 犯人は電池切れでした!呆れないでね~!


キーボードが電池で動いているとは、全然頭になかったので、電池切れかな?とは
考えてもみませんでした。(確か、前にもこんな事があったと想い出しました)

忘れるという事は~いい面もあるけれど、こんなことも忘れるとは…やっぱり頭は
使わないとさびてくるのでしょうね。これも老いの兆候でしょうか?

いい勉強になりました!が、初めからキーボードの電池が頭に浮かんだら…



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写真の花は、ホウチャクソウ(宝鐸草:花の様子が宝鐸に見立てられている所から。山野草) 



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by miqu_7cd | 2017-05-28 05:58 | 老いをみつめて

70歳になりました~

昨日は誕生日、あがいていたけれど、とうとう70歳になりました。(笑)


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昭和60年、親の持ち家を取り壊して、新築の2世帯住宅を建て同居を始めた時、
姑は今の私より若い60代でした。

その頃の姑は、元気なのにあすこが悪い、ここが悪いと言っていて、明日にも
死ぬようなことばかり言うのが口癖でした。

でも、93歳の今も寝たきりにもならず、元気に生きています。

もちろん、去年の騒動はあったけれど、今では以前より元気で、今でも自分で
買い物にも行くし、食事の支度も自分でしています。


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それに比べ、札幌に住む舅の妹(80代)は、若い頃は元気で溌剌としていたのに~
今では見る影もないくらい老いてしまっています。

この二人を見ていると、私もあと20年くらいしか残されていないのか~と複雑な
思いにとらわれていました。

今まで大病はしたことがないのですが、元気だった叔母が見る影もなく老いて、
病気ばかりしていた姑が今も元気だという事は~
私にも明日何があるかわからないという不安に取りつかれていました。



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去年、9月に甥っ子の結婚式で会った時は元気だった弟が、暮れに突然癌と診断されました。
癌治療をするため入院したことを甥っ子から父親の弟への連絡で私にも知らされました。

弟は独身なので、家族に問い合わせることも出来ず、携帯に電話やメールをしても
返事がないので悶々とする日が続いていました。

そんなこんなで、心が平静でない状態が続いていたので、70歳を前に余計マイナス思考に
なりがちでした。


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その弟も今月の初め一旦帰ってきて、元気な顔を見せてくれたので一安心していましたが
他の病気もあってどうなるやら~と心配の種がつきませんでした。

それが、誕生日の昨日、こちらにマンションを買って5月には住みたいとメールが来て
びっくりするやら、嬉しいやら。

長女の息子にもちょっと心配ごとがあったのが、昨日大丈夫だった~と報告が来て
ここ1か月心にくすぶっていた心配ごとが、全部いい方向に向かったことが、
なによりも嬉しいプレゼントでした。

これからは、私にも何があるかわからないから、自分のために一日を大事にしながら
暮らしていこうと強く思った誕生日でした。


相棒からは、スーパーの鰻のプレゼントでした。(笑)
ホントは、今年は街の鰻屋さんの鰻が食べたいと言っていたのですが~
2~3日前長女と孫が来ていたので、励ます気持ちでお寿司屋さんに行ったのです。



昨日と今日、一日違っただけですが~70歳、それが何?の心境です。174.png





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by miqu_7cd | 2017-04-20 07:23 | 老いをみつめて

風邪でダウン~

ここ何年かは、風邪をひいても寝る前に薬を飲んだら、すぐ治っていたのに~
今回はなかなか治らず、治ったと思うとぶり返し…治りきらないでいました。

熱はないけれど(普段でも平熱が37度近い)、喉の痛みと咳がひどく、
鼻水だけの軽い風邪だと思っていたけれど、何となく体も辛い。

そんな状態がだらだら続いていたのが、やっとここ2~3日すっきりしました。


来月、誕生日が来ると、私も70歳。

やっぱり年の変わり目は、いろいろあるなぁ~とつくづく感じました。

そして、昨日敬老優待乗車ICカードが届きました。
とうとう来たか~といった複雑な心境です。(笑)

安い料金で地下鉄やバスに乗れるのは嬉しい反面、まだそんな風に労われる年でも
ないと言った反抗精神もどこかにあります。

生きてきた70年の長さが、まだまだぴんと来ないでいます。


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久しぶりに前庭の雪を少しのけたら、雪の下でスノードロップが小さな蕾を付けている
のを見つけました。

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健気ですね~♪ 一足早い春を見つけて嬉しくなりました。


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孫が来ていたので、一昨日の夕食に、もも肉を小さく切ってチキンカツを作りました。
珍しく、たくさん食べてくれました。

嬉しい事があると、やる気がなくて落ち込んでいた気分も晴れてきました。




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by miqu_7cd | 2017-03-21 06:31 | 老いをみつめて

映画「人生 フルーツ」を見て来ました!

こんな風に老いていけたらいいな~と憧れていた津端修一&英子さんご夫婦のドキュメント映画、
「人生 フルーツ」昨日の初日に見て来ました。

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修一さん90歳、英子さん87歳のご夫婦で暮らす愛知県のニュータウンの一隅、雑木林に囲まれた
玄関のない平屋の一軒家。

野菜と果物を育てながら50年、お二人でコツコツ、ゆっくり時をためてきた暮らし。


映画館で映画を見なくなって20年以上経っているので不安と、映画の期待でドキドキ
しながら映画館に行きました。

ネットで見た予告編のふんわりしたイメージが出来上がっていたので、映画が始まった
時は予想とは違っていたので少し違和感を抱きました。

樹木希林さんの独特の語り口も予告編と違っていました。

でも見るうちにだんだんと違いが解って来ました。

本は、主婦である英子さん側からの、映画は建築家としての修一さんの目指したものの
視点となっていたからです。

去年、畑仕事の後昼寝してそのまま起きてこなかったとされる、修一さんの死もそのまま
写しだされ、お金に頼らない暮らし、老いてきて~死さえ自然の営みと感じられる人生が
とても淡々としながらも美しく感じられました。

若い頃は波乱万丈の生き方の修一さんにただただついて来ただけ、お金がなくて質屋通いも
度々だったそうだけど、恨みや憎しみの片りんもなく晴れ晴れとした顔の英子さん。

シワクチャの顔がとてもチャーミングで、声も若くはりがあり、一番驚いたのは歩く姿が
とても87才とは思えないくらいしっかりとした足取りでした。

特に驚いたのは、いつもだぶだぶのズボン姿ですが、スカートを穿いた時、足首がきゅっと
しまって、とてもきれいな足をしていました。

よく歩くからかな~と新鮮な驚きでした。

映画を観た後は、雪まつりの写真を撮ろうと思ってカメラを持って行ったのですが、感動を
そのまま持ち帰りたいと思い直し、そのまま帰ってきました。



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家に帰ると注文していたお二人の新しい本「ふたりからひとり」が届いていました。

環境も違うので全部真似できることではないですが、自然と向き合いコツコツと
暮らすこと…私も目指していきたいな~と今も胸が躍っています。


札幌は、17日まで上映されています。








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by miqu_7cd | 2017-02-12 06:33 | 老いをみつめて

明けましておめでとうございます!

とうとう2017年を迎えました~今年は地震や大災害のない一年であって欲しいですね。
私の拙いブログに訪問して下さる皆様、心からご健康とご多幸をお祈りいたします。

今年の大晦日は、私達夫婦と姑の3人だけでした。

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年々食べれないから、と量を減らすんですが~やはり今年も食べれなくなりました。

私は、上のオードブルの他に、うま煮と自家製の花豆と黒豆は手作り、生寿司3人前(生協)
を買って、姑が毛ガニ2匹、なます、数の子を持参してくれたけれど~多かった!

毎年、相棒が絶対食べると頑張る「年越しそば」~昨日は、無理もう食べれない~と言う。

いつも作っていた伊達巻は、今回既製品にしたのですが~やっぱり手作りが美味しいと
不評。テリーヌも始めて買ってみたけれど…いまいちだった。

手作りでは、伊達巻の後ろに隠れれいる鶏肉の幽玄焼きと煮豆類が好評だった。

鶏肉の幽玄焼きは、塩とお酒と柚子の汁に浸けてガスコンロで焼いて、柚子の皮を細かく
刻んだものを振りかけるだけだけど、意外と手軽で美味しかった。

いつも私が作るお節に飽きたからと、今回既製品を多く買ってきてごまかしたが…反省。
やっぱり自分で作った方が美味しかったです。012.gif

姑は、8月から11月にかけて、入・退院を繰返していたが、最近は体調もよく~
大晦日に私が蟹を処理すると全部切れ目を入れて用紙してくれた。

「生まれ故郷の毛蟹だから美味しいよ、昔は毛蟹がおやつだった~毛蟹が大好きなんだ」
と珍しく楽しそうに話す。

娘たちの来ない寂しい大晦日だったけれど、姑が楽しそうに、美味しそうに食べる姿を
見ているのは嬉しいもの。

大晦日に夢で見た富士山は、今年は良い一年になりそうという予感のような気がして
今でも気持ちがほんわかしています。

明日は、長女家族がやってきます~。024.gif


恥ずかしい!008.gif
題名が書いたときはちゃんと書いたつもりだったけど、
今みたら「明けまして」が「開けまして」になってました。
訂正しましたが…元旦から誤字脱字をしてしまいました。
恥ずかしいです。

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by miqu_7cd | 2017-01-01 06:22 | 老いをみつめて

他人事でないこと~

一人暮らしのご近所さんが、夜遅く急に歩けなくなってご自分で救急車を呼んで病院に運ばれた
という話を知人から翌日聞いた。

そのまま入院していると思っていたが、もう退院してる~と聞いて驚いた。
歩けないのに退院させられたの?

プライバシーの問題があるから、病状は詳しくは書けないが、いずれわが身もあり得る問題と
私達夫婦は、自分の事のように考えさせられました。



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歩けないのだったら、食事の支度はどうしているの?という疑問が頭をよぎった。
それは、〇〇さんが当人から聞いて訪ねてるみたいだよ、と知人は言う。

当人は、受け入れてくれるところがあるなら入院したいと、違う病院を受診したが
やはり断られたそうだ。(理由はあるのだが、やはりプライバシーの問題なので)

前は、長く入院させておく傾向が強かったのに、ボケるとか歩けなくなるとかいう理由で
短い期間で退院させられるケースが多くなってきた。

家族がいるならいいが、いない場合はどうしたらいいのか?

ましてこの師走の忙しい時期、急な話はホテルとか介護施設も対応できないだろう。

ご近所さんは、去年施設に入るつもりだったが、もう1年頑張ろうかな~?と考えた結果
今回の事になったそうだ。

元気なうちに住まいを小さくして、もしもの時に備えるということは知識としてはあったが、
私達もやはりどこか他人事のように考えていた。

明日は、わが身。
備えあれば、憂いなし。
そんな言葉が頭をぐるぐる回ってしまった。

でも、今回は周りの隣人たちで立ち入らない程度に見守ろうと、連絡網ができた。
発案者の知人の優しさに触れて、地縁で支えあった昔の日本を想い出した。





058.gif追記
受け入れてくれた病院があり、しばらく入院させてくれたようです。
その間に施設に入る準備をするという道筋ができました。
コメントを寄せて下さった方、読んで心配している方、安心して下さい。



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by miqu_7cd | 2016-12-25 06:23 | 老いをみつめて

そもそも~

介護認定の面接を受けることになったのは、月1度通っていた病院の担当医が院長を
しているクリニックの訪問診療に切り替えることにしたのがきっかけでした。

ケアマネージャーさんが来て、いろいろシステム・料金など事前に説明を聞いたとき~
介護認定は受けていないので、すぐ使わなくても受けた方がいいと言う事でした。

当人にしてみれば、早くからいずれ訪問診療にしたいと私に話していたとはいえ、
耳が遠いので、すべての話が聞こえないから不安になるんだと思うのです。

でも、補聴器があるから付けて話を聞いて下さいと言っても断固拒否、壊れているとか
電池がすぐなくなるとか、いろいろ理由をつけて補聴器は付けません。

だから、大半の説明もいい加減に聞いてるらしく、なぜ介護認定を受けるかも理解して
いない様なのです。

傍に座って時々説明するんですが、その時はわかったと言うけれど、後になって耳に
口を近づけてゆっくり話してくれないから、わからなかったと怒るのです。

新しい事を受け入れる不安、恐れ、意図しない施設に預けられるかもしれない等々、
いろんな疑いで渦巻いているんだとは思います。

今回、訪問診療に切り替えようと思ったのは、馴染んだお医者さんが往診に来てくれる
と思っていることと、明るく気さくな医師に好感も抱いているからでした。

月2回訪問診察してくれて、薬も届けて貰えるし、当人に薬の飲み方や疑問にも答えて
貰えるので、人と接する時間も増えます。

一日24時間、365日体制なので、こちらも気軽に相談できます。

先日、1回目の訪問診療の日でしたが、通院の時よりもゆくり時間を取ってくれるので
いろいろ話も出来るので少し気が楽になりました。

その都度立ち会う必要もないし、何かあったらこちらから電話しますと言ってもらえて
一つ肩の荷が降りたようでホッとしています。

医師から介護認定が通ったら、デイサービスに通うのもいいですね、と言われたときは
「私はあんなところ嫌いなの。お友達から聞くけどただ座っているだけと言ってる」

医師は苦笑しながら「あ~嫌いですか?」と軽く受け止めると、さらに嫌な理由を続けて
述べるので、通院では見せない態度に気がついたようです。

本来なら歩けるうちは通院した方が良いようですが、93歳という年齢を考えて受け入れて
頂きました。


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新しいことを受け入れるには、喧嘩があっても仕方ないかな?とそんな感想を抱きまし
たが、うちは今まで争いのない穏やかな家庭だったのに、あんたがぶち壊したと言わん
ばかりの口調でした。

夫にそうだったの?と聞くと「何を言ってる!週の半分は夫婦げんかしてた」そうです。
自分に都合の悪いことは、全部忘れてしまうものなんですね。


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by miqu_7cd | 2016-12-02 05:31 | 老いをみつめて

介護認定の面接の日に~

姑の介護認定の面接日のことなど色々書いて、写真を取り込もうとしたら、
書いたことが全部消えてしまいました。

これは、書かない方がいいことなんでしょうね。



姑の気持ちに添いたいと思いながらも、その頑固さに辟易してしまう。

同居したのは、私達に騙されたと言う。

お父さんも死ぬ前に騙されたと言っていた。

若いころから苦しくて苦しくて~私の辛い気持ちわかるかい!

同居してから、友人と海外旅行に行ったこと、日本のあちこちを観光した
こともすっかり忘れているのだろうか?

舅が買え買えと言ったから買ったけど、嫌いなんだ~という服がいっぱいある。

年金は、普通の人より多めの金額を貰っているけれど、少ないという。

不平、不満のオンパレード。



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斎藤茂太さんの「捨てる 思い切る で人生が楽になる」を読んでいたら、
頑固を捨てると天命がまっていると書いてあった。

そして今に不満があると昔の嫌な事が忘れられない
「過ぎて返らぬ不幸を悔やむのは、さらなる不幸を招く近道だ」
とシュークスピの言葉と引用してあった。

まさに姑を見てるようだ。

みんな、多少の不満に目をつぶって暮らしているのに、姑はすべて不満のようだ。
暗い気持ちになるけれど、もしかしたら認知症の始まり?とも思った。



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by miqu_7cd | 2016-11-30 07:22 | 老いをみつめて